どうすれば難関校に合格できるのか〜ハイエク風解釈

いわゆる難関大学(国内外)に子どもを合格させたい、と願う親御さんにとって、

近頃の『留学ブーム』『東大の秋入学やリベラル・アーツ化』『就活グローバル化』は悩ましい問題です。

日本の教育全体が陳腐化している現状をみせつけられる報道や現実が多すぎて、

こどもの教育に今まで通りの投資をおこなっても、回収できる見込みがさっぱりわからなくなってしまいつつあるのです。

結局どうすれば一番いいのか、新しい指針マニュアルが皆ほしいところでしょう。

ハイエクは、進歩というものをこう述べています:

最初、新しい財は「選ばれた少数の人の気まぐれであって、その後に大衆にとって必要なものとなり、生活必需品の一部を構成するのである。というのは今日の贅沢は明日の必需品であるからである」

大分という地方都市で「私立中受験」なる商品が成功したのも、最初は、都市部の『文化資本』を持っているご家庭が普通にやっていたことが「大衆化」したからです。実際は都市部の『文化資本」をお持ちのご家庭が通われる学校のような施設や伝統は皆無であるにもかかわらず、そのコンセプトのみが継承されてついには地方にも普及しました。

この傾向で教育が「進歩」するとしたら、次はこうです。海外と日本の難関校に突破する方法としての商品、が大衆化していくことです。

先ほどのハイエクの続きはこうです:

そのうえ、新しい物はしばらくのあいだ、少数の人々の贅沢品であったという理由でのみ、しばしば大多数の人びとにとっても利用可能なものとなるのである。

ですから、現在「丸暗記」「詰め込み」一辺倒に見える教育が、留学やリベラル・アーツ指向を取り入れて、ボランティア活動やスポーツ、音楽、ライティングを含めたプレゼンテーションなども考慮にいれるようになれば、それは教育がワンランク「進歩」した、ということになります。

ハイエク的に言うと、

今海外大学に高校から学部留学したり、幼少からボーディングスクールに留学したりする日本人のような、

贅沢または浪費とさえ今日思われるかもしれないものは、最終的には多数の人びとが利用できる生活様式の実験のための出費

だということです。

なぜこのような日本を抜け出して教育を受けたい若者が増えたのか、それは

親の世代が東大に幻想を抱かなくなったこと、

が最大の原因ではないかと思います。

東大の卒業生と、

東大以外の一般大学(早慶・一橋・筑波・京大など)を出て海外でMBAに進んだ人、もしくは東大以外の医学部卒という選択をした人、を比較した場合、

前者が得られる生涯賃金や名誉や仕事のやりがいが一部を除いて期待値より低かった、これは大きいのではないでしょうか。このことを知っている親の世代がこのまま「東大対策」を続けるとは到底思えません。

そんなわけで、もし海外大学併願入試が日本の教育の進歩に繋がるならば、どんどん進めていきたい私ですが、単に口先だけの便乗商品が出回るだけなら、こどもたちは振り廻されるだけなのでイヤかも、な気分になります。

そこを分つのは一人一人の意思と決意ですので、今の空気を読む限り、日本の教育は大丈夫な方向に進んでいってくれると信じています。

 

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